荻悦子詩集「樫の木」より「影絵」

影絵

 

暮れかかるころ
真新しい教会の前を通った
教会の破風にはダビデの星が光っていたが
私はその先に用があるのだった

前方を男が歩いていた
男の右足の先に何か影があった
夕闇と見分けがつきにくい
影はすぐに左側にまわるようだった
色の濃い犬にちがいない

できるだけゆっくり歩いた
男の歩調はもっとゆっくりだった
男に追いついてしまった
男は道の端に停まっているトラックに近づいた
ドアを開けてエンジンキーを抜き取った
そばに犬の姿はなかった

私は目を逸らせて通り過ぎた
昨日なぜか戻ってきた郵便物の
封筒を替えたものを同じ宛先にまた投函し
薄暗い道を折り返した

男がトラックを離れ
やはりゆっくりと同じ道を引き返している
男のジャンパーが膨らんでいた
俯いて男を追い越した

教会のクリスマス飾りの明かりを抜けた
胸の辺りに重みを感じた
私は両腕を上げてそれを支えた
腕の中で重みは小さな犬になった

子犬は足をつっぱり
声をあげた
しっかり抱いて
死んだ人の声だった

荻悦子(おぎ・えつこ)
1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

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