荻悦子詩集「時の娘」より「笹百合の頃」

笹百合の頃

 

気がふれている
と言う噂の
山の娘が
ふいに私の家の庭に降りたち
私に押しつけた
笹百合の花束
私はごく幼かった
目覚めのあとも尾をひく
午睡の夢

椅子に寄りかかり
こうしているよりほかない
視野の端に
垂れさがる蔦
この部屋に入れると
とたんに葉が黄変してくる
吊り鉢の蔦
おまえも
全否定のかまえか
寒い長い冬の一日
おまえの根元に
熱湯を注ぎそうになったことがあった
相当に危うかったのだ
おぼろな夢の形象と
近い記憶とが重なって
沈んだ光を放つ衿飾りのように
衿元に冷えている
百合の蕾のかたちをしている

荻悦子(おぎ・えつこ)
1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

Loading

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です