荻悦子詩集「樫の火」より「樫の火」
樫の火 空から うわの空へ 肉塊や果実を投げて ようやく七曜を繋げて来た 庭にある炉に古い樫の薪を入れる 二十年余り納屋に積まれていて 樫の薪には虫がつかない ひび割れているが 灰色の樹皮は剝がれていない 堅い樫は火力が […]
荻悦子詩集「時の娘」より「果樹」
果樹 フェイジョアという果樹が初めて花をつけた朝は雨だった 母 は薄紙で包んだ一枝を私のランドセルの脇に差した 白い花びらに紅いしべ 小さいが肉厚な感じの見慣れない花の 枝は 教室の花瓶の花に混じっても人目を惹いた 担任 […]
荻悦子詩集「時の娘」より「ハチソン街・秋」
ハチソン街・秋 Ⅰ スーパーマーケットでクッキーを手にしたら 腰の曲がった老女がすり寄ってきて 濃い紅の口元をもぞもぞさせたが ベリ・スウィートしか聞きとれなかった あの老女が帰っていく先は 歩く人の足元に […]
荻悦子詩集「時の娘」〜「果汁」
果汁 ふるさとのみかんを ジューサーにかける 滴り落ちる果汁の 香り高い優しさ なんて 安易な思い入れに 陥るのはよそう 銘ずべきは 季節のはしりを 送ってくれた 叔父夫婦の心根であって 果汁では まして メカニックな […]
荻悦子詩集「時の娘」より「サンタ・ローザ」
サンタ・ローザ サンタ・ローザ 転がる 白木のテーブル 水を得てそりかえるポトスの蔓の下 サンタ・ローザ 転がる 田舎娘ローザが転べば 口笛のひとつも飛ばしてみたいが 尼僧姿ローザ様 転ぶとあらば やはり見ぬふりをするべ […]
荻悦子詩集「時の娘」より~「あの野原」
あの野原 若葉をつけた木々の枝が 大きく揺れている 桜の花びらが 渦を巻いて舞っているわ ほら ゴッホの野のような渦の巻き方 花びらが待っているのに どうして わたし 厚いコートを着たのかしらね あ 花びらじゃなくて 雪 […]
荻悦子詩集「時の娘」より~「市街図」
市街図 薄緑の街を 大男の司祭が スクーターで行く 英会話のレッスンでは プロテスト・ソングを歌わせる イフ アイ ハッド ア ハンマー 声を張りあげる生徒たち 東洋の島国の 小さな河口の町では 黒人の抵抗歌も 陽気に叫 […]
荻悦子詩集「樫の火」より~「終わりの夏」
終わりの夏 従妹はバッハばかり弾いていた 少し速いんじゃない 指が心持ちゆっくり鍵盤から離される 私は花瓶を持ち上げる シチリアのことはよく知らなかったが 波の中に島の形が浮かんで消えた 断崖の上に緑の土 […]
荻悦子詩集「樫の火」より「祝福の木」
祝福の木 男に抱かれた黒い犬の目が私を射る 目が妙に光り 金色の環が生まれる 雑誌に載っている写真の中の 動かないはずの犬の目が光を放つ 犬は男の腕をす り抜ける ベランダの木の階段を降りてくる 顔を 上げ 光の矢を放ち […]
荻悦子詩集「樫の火」より「春の来方」
春の来方 何人目かの来訪者がくれたのはくすんだピンク色の 缶だった ピンクの缶には絵や文字がなくて 中に カードが入っていた カードには花を咲かせた木が 描かれていた 枝ごとに花の形が異なり 何の花と もつかない花が鈴な […]