しんごのキになる話㉚ 散歩していて気になる話の巻(その15)
ガンジーさんが糸車を引く写真をよく見ますが、これは英国から安い綿製品が入って来てインドの人たちが糸を紡ぐことをしなくなったので、自らが糸車を持ち出して紡いで英国の植民地政策に反対する姿勢を表したものです。塩の専売に抗議した「塩の行進」とともによく描かれます。
インド更紗はヨーロッパばかりでなく、シャム(タイ)、ジャワ(インドネシア)、台湾、中国、日本などにその製法が伝わり、それぞれの地で発展していったのです。
インドネシアのジャワ更紗はバティックと呼ばれます。
先ほどミドリムシ模様といったのはペイズリー (paisley)柄のことです。
この模様は19世紀にインドがイギリスの植民地とされると、インドのショールを模倣したものがスコットランドのペイズリー市でつくられるようになりました。
東洋趣味の流行も伴って、ペイズリー文様のショールはたいへんな人気となったようです。
「ペイズリー」という名前は、このペイズリー市からつけられた名前です。
この模様は日本語ではその形から松毬(しょうきゅう、松かさ)模様や勾玉(まがたま)模様とも呼ばれます。
私のインド駐在の後半の三年間は南インドのチェンナイでした。チェンナイは旧名をマドラスといいます。
マドラス・チェックで有名な綿織物の産地です。マドラス・チェックの模様は、スコットランドの毛織物のタータン・チェックのそれとよく似ています。
これまた歴史をひも解いていくと面白い発見があるのでしょうね。
いや織物だから、ひも解くのでなく、糸口を見つけるとでもいうのでしょうか。
散歩していて気になる話の巻 終わり