おぼろげ記憶帖 16 フランスの医者(2)
坂の上の駅に近い古めかしいどっしりとした病院(SuresnesのHopital Hoch)には再び行くことになりました。
アパートの隣りが空き家になりました。家主が日本大使館に行って隣に日本人が住んでいると言って借家人探しをしたのです。中老年の物凄くしっかり者のマダムが大使館へ乗り込んだのです。前の借主はアメリカ大使館の若い夫婦。大使館なら家賃の支払いの遅れることもなく任期が来れば帰国する、願ってもないことなのでしょう。また丁度都合の良い具合に子供が生まれるので引っ越しを考えていた方がありました。お産で有名な病院も近いとあって即刻引越して来られ、ほどなく元気な男の子が生まれました。日本人駐在員の子女もこの病院で生まれた子供さんが何人もいます。日本食の材料がまだ不自由な時代でしたがイタリア米で散らし寿司を作って行きました。私の3歳の息子は病室へは入れて貰えず、ナースステーションに留め置かれました。大福餅に目鼻をつけたような丸顔、足の太短い日本人の男の子は初めて見る人種のようで誰からも玩具のように可愛がられて預けることに不安はありませんでした。でもフランス人のナースの中に置いて置かれた幼児はさぞかし心細かったかもしれません。この新しい隣人とのお付き合いは今なお半世紀以上も続く古い友人です。
その当時洗顔クリームがなかったのか私は石鹸で顔を洗っていました。顔の皮膚が荒れて、病院の予約が取れたのが1か月後。スプレーで水を吹きかけて湿り気を持たせるという診断でした。結果顔はヒビ割れ状態になり口を開けても痛い、笑うことも出来ず大慌てで皮膚科専門の病院を探して貰いました。サンマルタン運河の「北ホテル」の傍の病院でした。その処方はベタベタの油薬。両極端の診断結果に驚きましたがほどなく顔の皮がきれいに剥けてとても美しい皮膚が出てきました。色黒く生まれた私はこのままきれいな皮膚でおられたらとどんなに願ったことでしょう!原因は日本の軟水ではなく硬水であったこと。高温多湿とは違いパリはからっとした低湿度(乾燥)であることをよく理解していなかったことによるものでした。
フランスは化粧品、香水の国。舶来品を日本人はこぞって買い求めます。勿論私も色々使ってみました。でもそれらはフランスの気候風土に合い、フランス人の肌に合わせた成分調合になっているのではないかと思うに至りました。有名・高価な化粧品よりも日本人の肌に合った化粧品を選ぶ方が良いように思います。香水も湿度の高い日本では香りが強く感じられます。香りが発散しないので少しゆるやかなオードトワレ(化粧水)で同じ香りを選べばよいように思います。香水を直に肌に付けると皮膚炎を起こすことがあります。案内して香水店に行った折、その方はコートをさっと脱いで背中の裏地の部分に吹き付けて貰っていました。なるほどと感心して以後はそのようにしています。
フランスでは子供は水道水を飲んでいます。水道水にはミネラルがあるからという理由からです。“エビアン”や“ビッテル”は子供には成分的には良くないというのです。ただ老舗の日本料理店では大鍋に大きな帆立貝の殻を入れて沸騰させて使っていました。
顔の皮膚炎が水や化粧品にまで話が繋がってしまいました。今なお正しい?使い方、選び方に迷ってしまう水事情です。