荻悦子詩集「時の娘」より「ハチソン街・秋」
ハチソン街・秋
Ⅰ スーパーマーケットでクッキーを手にしたら あの老女が帰っていく先は ―――一人暮らしの私の老母は 画家が古い建物を細密に描き写している Ⅱ アントニオにはドラスティックな姉がいる 髪を洗いながら反芻する 文法あやしく語彙力乏しい彼らが アントニオはペルーからやって来た フェルナンドは頭髪の薄くなったメキシコ男 ハーバードでドクターを取るのだと 河口の町で トーキョーで Ⅲ 窓の金具をはずすと 洗面所の窓から外を覗くと ここには迷路はない 激しい州選挙戦が展開されていると Ⅳ ピーターは「ともだち」のマリーを連れて現れた ―――選挙にはケベック党に勝って貰いたい――― アルバムに花嫁衣裳の写真を見つけて ガレージが暗い口をあけている夜の裏道に |
荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。 |