荻 悦子
詩~蝶と日時計

蝶と日時計 文字や標が 刻まれて円状に並び 古い石盤は乾いている 正午前 中心部近くに 黒い蝶が遭難した 翅を広げ 翅をすり合わせ あざとく見える 黒い蝶 その影はたよりなく 震えてうすく 正午の標までは届かない 日差し […]

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荻 悦子
詩~光と球体

光と球体 ものの影を重ねて ゆがんだ球体 空洞が ぽってりと座っている 忘れられている もつれて躍る光は 球面に漉され 過去はひとつの和音にこごる ひとすじ溶け出した雫か 生まれ出た力は われ知らずあふれ 空洞のなかを駆 […]

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荻 悦子
詩~鳥

 鳥   鳥が 身体を垂直に 尾を下にしたまま 枝から落ちるように すとんと下がり そのままの姿勢で 元の位置へ昇ろうとする 胸の位置に 両足をたたみ 羽根は ほとんど広げず 身体を震わせ 三十センチほどの […]

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荻 悦子
詩~空と湾

空と湾   手すり 窓枠 壁 それらを逸れて 薄く 布切れのように落ちる影は 鳥のもの 岩陰では ウニが あと一晩の浅い息をつぐ 網袋に集められ 実験用です 触らないでください そう書かれた札をつけて 瑠璃色の […]

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荻 悦子
詩~空の球面

空の球面 氷河の底が 光を湛えているだろう 碧色に盛り上がり ねじ曲がる 怒りと呼ぶには 済みすぎた魂 氷河に続く氷の原は どこまでも平らに見え 人がたったひとり 橇を牽いて歩いて行く その人がこちらを向き 微笑んでいる […]

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荻 悦子
詩~冬の市

冬の市 脂肪が焦げる匂いがする 勢いづいた音が跳ね オーブンの熱い排気口から ごく細く青い煙が揺らぎ出る 家の鶏は卵を産むでしょう 肉は固いから 食べたりはしない そんなさもしいことはしない でも そうする所もあるでしょ […]

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荻 悦子
詩~渓谷

渓谷 行かないよ 四肢を拡げ 仰向いて 浮いている 膨らんだ 声と 声 冷ややかな真水 干乾しにされたのだった 身重のマムシは 隣人によって この時期 鉄錆色か黄土色の 柔らかい小石を探して 硬い石に 書いてごらん (の […]

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荻 悦子
詩~黄色の鯉

黄色の鯉 欲しかった 過去形にして 黄色の鯉が 二匹 三秒前から この瞬間へ カーブの軌跡 近づいて 反り返り この瞬間 はっきりする 欲しかった あれは どうして それは このようです 葉書を 一枚 ふわりと飛ばして […]

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荻 悦子
詩~祖父の庭・十二月

祖父の庭・十二月 納屋の 広い土間の隅 鳥の羽根が 紙の上にこんもりとある 触らないのよ 訝しげに言う母の声を遮って 一本だけ ね つやつやした羽根 赤茶色にさまざまな斑点があって 光の具合で色が変わる きれいな一本だけ […]

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荻 悦子
終わりの空~詩集「流体」より

終わりの空 丸い錫の写真立てに 入れておくのは 他人の冬 夢と呼ぶな 幻とも なつかしい なかった聖日 ここではない土地の 雪の降る祝日 椅子に上着を掛けたまま 人はわけもなく人を呼んで なごりの空を眺めに立った 裸木の […]

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