オランダ点描(1)デルフトタイル
はじめに
これから何回かにわたって掲載される文章は、筆者が仕事の関係で1990年代の約6年間をオランダのロッテルダムで過ごしていた時に、日本の知人に生のオランダの様子を伝えようと「オランダ点描」と題して折に触れ書き送った私的な雑文をベースに、後年一部手を加え、さらに注記したものです。
短い滞在ゆえの、オランダ事情についての私の理解力不足や、事実誤認、あるいは理由なき偏見なども含まれていることを大いに危惧しております。もしも、それらに気づかれ不快に思われた方がおられれば、誠に申し訳なく思います。
その時は、何卒暖かい目で笑い飛ばして頂き、また同時に寛大な心でお許しを頂ければ誠にうれしく思います。
宮川直遠
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デルフトタイル
デルフトブルーの古い壁タイル。これも骨董品の部類に入るのかもしれません。普通、骨董品蒐集にはそれなりの鑑識眼と多少の先立つものも必要ですが、それもなく、ただ古い物への郷愁だけでかび臭くて薄暗い店の中を眺めまわしていても始まりません。私も以前は、「アンティーク」と書かれた店は横目で見て通り過ぎるだけでしたが、ある時、デルフトのとある骨董屋の店先で思わず足が動かなくなってしまったことがありました。
角が欠け、いくつも傷のある年季のはいった一枚の壁タイル。中央に凧揚げをしている子供が二人小さく、白地に鮮やかな青の単純な線で描かれている約13センチ四方のもの。魅入られたようにすぐその場で買い求め、枠に入れ居間の壁に一枚・・・。
今にして思えば、この壁の有り余るスペースがよくなかったようで、気が付くといつの間にかこの種のタイルの数は百枚を超えておりました。「さあて、日本に還ったら一体どこに飾ろう。何とかうまい方法を・・・。」と思いつつも、まだまだ逸品(?)を探し続けています。
オランダの装飾タイルの歴史は16世紀ころのデルフトなどにまで遡ることができ、他の陶器類とともに歴史的・美術的価値のあるものも数多くあります。*注)
しかし、目下私の興味の対象はこの「子供の遊び(Kinderspeelen)」を主題にしたもの。凧揚げのほかにコマ回し・竹馬・縄跳び・ブランコ・馬飛び・喧嘩(これも立派な、子供の遊びなのです)・石蹴り・人形遊び・ビー玉・かざぐるま・魚釣り・スケート、さらにオランダならではの長い棒を使っての運河飛び等々。これらのモチーフは今でもまだ使われていますが、味わいのあるのはやはりごく初期のものから18世紀頃のものまででしょうか。
二、三百年も昔のオランダの子供たちの遊ぶ姿が、絵付け職人たちの暖かい眼差しと軽妙な筆さばきで生き生きと描きとめられ、時代を越え、国を越え、今も見る人に何かを語りかけてきます。
*注)昭和8年、柳宗悦と浜田庄司がこのオランダのアンティークタイルを「工藝」という雑誌で紹介しており、銀座の鳩居堂で一枚5円から10円で販売中云々という一文を書いていますが、あまり売れなかったようです。