シンゴ旅日記インド編(95)ワテは運転手 見る管理の巻

ワテは会社の運転手でんねん。社長さんは日本人ですわ。

この社長さん二年前に来はったんやけど、前の社長さんと違って、結構、おもろい人でんねん。

ワテが最初にこの会社に入った四年前は、今の社長さんやのうて、前の社長さんの時代でしたわ。

その時は前の社長さんと、この前定年しはったインド人の営業マンとワテだけの三人でしたんやで。

お二人がバンガロールからプネに引っ越して来られたんですわ。

前の社長さんも営業マンも奥さん連れでしたわ。

その営業マンな、プネの生活に慣れへんかったんやろか、一年位して体調を崩して、バンガロールに奥さんと帰ってしまわれたんですわ。

カルナータカ州とマハーラシュトラ州では言葉が違ったからやろか。けど、その営業マンはインドの5つくらいの州の言葉を話せましたんやで。今おる営業マンとはえらい違いですんや。

でもな、会社は、その前の営業マンの人を、コンサルタントちゅうか、顧問ちゅう肩書きで、引き続いてお給料を払って、時々お仕事をお願いしてたんですわ。

ワテと同じ契約社員でしたんや。けど、ワテは今年から正社員になりましたけどな。

そやけど、今年の5月にその契約が切れた時に、退社になってしもうたんですわ。

今の社長さんが、バンガロールまで行って、その辞めはる営業マンさんに挨拶してきはりましたわ。

その営業マンさんな、まだ63歳やから、まだ働きたいちゅうてたらしいですが、社長さんが、自分も60歳になりました。もう若い世代に仕事を任せようやないかちゅうて、決めはったちゅうことですわ。

結構冷たい人でんな、社長さん。

社長さんな、日本の本社では、ワテと反対に今年から契約社員になったそうですわ。

でも、やってはる仕事は今までと変わりませんのやで。

 

ワテが会社に入った時は、前の社長さんたちがバンガロールから来はったばっかしで、事務所もあらへんかったんで、社長さんのアパートでお仕事をしながら、事務所を探して、今のこのショップに入ったんですわ。二階建てで、お店がずっーと並んでおる集合店舗ですわ。

そのうちの四つのショップを借りたんですわ。

番号でいうと43,44,45,46ですわ。

そやけど、その時は、今みたいに、会議室やトイレや食器洗うとこまだできておらんで、コンクリートの打ちっぱなしでしたわ。

そんで、そのショップの上にお店がある業者に内装をお願いしたんですわ。43と44の間の壁と、45と46の間の壁をそれぞれぶち破って二部屋にしたんでっせ。

それに、メゾネットタイプゆうて、事務所の中に二階がありまんのや。低い天井の二階やけどね。

今、事務所としてみなが使ってますんは、43と44をぶち抜いた部屋の方ですわ。

45と46の方は、一階はテーブルを置いて昼食ができるようにしましたんや。そして、その二階は書類や、部品なんかの物置として使ってまんのや。

その時の改造な、いろいろありましたんや。

今の社長さんが来はった時にも、まだ、やらなあかん工事は残ってたし、支払いも残ってたんでっせ。

発電機なんか、最初はディーゼルの見積もりやったけど、終いにはバッテリーに代わってましたんや。

そんで、今の社長さんが、もうエエ、元の契約書に基づいて、出来たもんと、出来んもんをはっきり分けぇー、追加は追加で別項目や、払った金額をはっきりせぇーちゅうて、一遍に決めてしもたんですわ。見かけによらず強引なとこあるんですわ、社長さん。

 

この事務所の家賃の支払いは四つのショップごとに四つに分かれてまんのでっせ。

オーナーはインド人のお父さんと息子3人の4人の名義ですわ。

家族で名前を分散してまんのや。税金対策やろね。

そんで、この事務所に移ってから、今の営業マン、経理そしてメンテマンが入って来たちゅう訳ですわ。そやから、今の社長さんが来はった二年前は、ワテを入れてインド人は4人でしたんや。

ワテは、前の社長さんがバンガロールから来はった時からの社員やから、一番古い社員ですねん。

 

そんで、今の社長さんが来はった時は4人が一階で、みんなで仕事してましたんや。

そやけど、すぐに社長さんは会議室で仕事するって言うて、会議室を自分のお部屋にしはりましたんや。きっと、会議室を作ったんわエエけど、まったく使われてへんかったんで、アメリカ映画みたいに、自分の部屋として使いたかったんでしゃろか、それよか、あの営業マンの電話の大声が、うるそーて仕事が出来んかったんとちゃいまっか。

そんで、ちょっと経ってから、経理に二階に移りなさいって言わはったんです。

何でも、事務所のお金や、個人の給与や、税金のことを、他のスタッフがおるところやのうて、別のところでせなアカンちゅうわけですわ。その時はワテは、まだ、下のグループでしたんや。

 

そして、去年な、日本人社員さん二人とインド人一人が会社に入ってきましたんや。

そんで下のスペースが狭うなって来ましたやろ、ワテにも二階に行けちゅうことになりましてな。

その次に社長さんも二階に移らはったんですわ。二階の天井な、高さが175センチしかおませんのや、ちっこい経理やワテは天井の高さは関係おませんけどな、社長さん自称180センチですんや。ホンマは、177センチやそうでっせ。けど、社長さんが二階で歩く時は、かがんで歩かはるんでっせ。社長さんな、アリス・イン・ワンダーランドになったみたいやちゅうてはりますわ。そんなこと、ゆうたら可愛いアリスさんが可哀想やけどな。

今の社長さんな、来はってから、目で見る管理や、表にせぇー、グラフにせぇーてうるさいほど言わはるんですわ。

そんで、来はってすぐに、時計を買って来い、インドの地図を買ってこい、壁にボードを貼れ、会議室に黒板ちゅうか、白板を買ぇーちゅうて、部屋中をボードだらけにしはりましたわ。

そして、日本に一時帰国されますとな、マグネットの玉や棒みたいなもんを買って来はりますのや。

この前は日本人形や日本の景色のついたマグネットを買うて来はりましたで。

日本て、100円ショップちゅうのがあるらしいでんな。社長さんな、そこで買うて来はるらしいわ。

社長さんな、その100円ショップちゅうのがえらい好きらしゅうて、その他にも、黄色いマーカーや鉛筆や、ビニールファイルや、なんやかんあ、全部そこで、ぎょうさん買うて来はるみたいでっせ。

 

そんでや、社長さんな、営業には壁に掛けた地図に納入先の名前と機械の型式と写真を入れた紙をはって表示せえ、ボードには見積もり案件を一覧表にして張り出せーでっしゃろ、メンテには設備の仕様書を張り出せぇー、メンテ予定表を張り出せぇーですわ。

前の社長さんのときの部屋の雰囲気がまるっきり変わってしまいましたがな、えろーにぎやかな事務所になりましたで。

そんでね、ちょっと古うなったデータをいつまでも、張ってますとな、『何ですかこれは。いつの時代のものですか。ここに張り出してあるものは、あなたたちの今の頭の中にあるものですよ。あなたたちの今やってる仕事は、過去のものですか』って、嫌味を言わはるんでっせ。

 

嫌味といえば経理が最近では、一番の被害者ですわ。

なんせ社長さんと一緒に毎日二階におりますもんね。

社長さんな、来はった年の年末に帰らはった時に、机の上に置く一ヶ月毎のカレンダーを経理に渡して、『これに一ヶ月の予定を記入しなさい、そして毎日その予定を見て、一日が終わったら、その日の実績を記入しなさい』ってやってましたけどな、これあきませんな。

インドの場合は電気や電話の支払いが不定期なんですわ。

メールで来たり、代理店が持ってきたりですわ。

それに、入出金や外国人登録から昼飯の手配まで経理が一人でやってまんのや。

経理に言わせると、そんなんや、あんなんで、書類のファイルも満足にする時間もありませんちゅうのですわ。するとな、社長さんな、運転手のワテに経理を手伝ぇーですわ。

そして、キングファイルを買って来い、旧式の留め具やのうて、新しい留め具のやつですわ。

そんで、ワテがファイルを買ってきますとな、経費ごとにまとめて仕切れぇー、月別にせぇー、担当者別にせぇー、って、ワテがファイルばっかせなアカンのですわ。

社長さんな、経理ばかりか、営業にも、まずファイルがしっかり出来ん奴は、頭の中が整理でき取らん証拠やちゅうてはりますんや。その割にはご自分の机の上は書類だらけですけどな。

そんで、ワテは運転手の仕事のほかに、ファイルは買いに行かされるし、請求書を受け取って来なあかんし、支払いに行って来なあかんし、ファイリングせなあかんし、えらい忙がしゅうなりましたわ。

それに、経理がワテを部下みたいに使い出したんがちょっと気にいりませんのや。

ワテの方が年はちょっと下ですが、入社は経理よりも、営業よりも、メンテよりも、それに社長さんよりも先輩なんでっせ。

 

そんで、社長さんな、経理にも壁一杯の大きなボートを買うたりましたんや。今度は、それに一ヶ月のカレンダーを書いて、予定を入れろ、未処理案件を書き出せぇー、終了予定日と実際の予定日を記入せえー、未処理案件は毎日確認せえって言ってはりますのや。

 

そんなん、予定立てろって言うても、インド人には無理でっせ。インド人は、やるかやらんかが問題で、いつ、やるかちゅうとこは関係おませんのや。

そんなん、社長さんも、ご自分が好きなインドの神話を読んでもらえば分りそうなもんですわ。

日本の神話には嘘かホンマかしらんけど、一応ちゃんと年代が書いてあるそうでんな。

そやけど、インドの神話はいつの出来事かわかりませんのや。

ビシュヌさんなんか10も、20も変身しまんのやで、時間を追っておったら話しが進みませんのや。

それに、時間が書いてあっても何万年とか、何億年とかメチャクチャ長い時間ですんや。わかりますやろ。インド人に時間の感覚がないんのが。

 

そんで去年の末ですわ。

社長さんな、お客さんに配るちゅうてダイアリーブックを200部も注文しましたんや。

そして、ワテら一人一人にもそのダイアリーを配らはって、これで毎日やることを記入しなさい、朝の打合せの時に使用しなさいって言わはったんですわ。

ワテな、英語はしゃべれますけどな、書くことが苦手なんですわ。

運転日誌でも、社長さんから、これはamですかpmと書いてあるのですか、この訪問先は何と書いてあるのですかって、毎朝いじめられているんでっせ。

でもね、去年までは、ワテだけ契約社員やったんやけど、今年からは正社員にしてもらったんでっせ。運転手やから勤務時間は他の正社員とはちょっとちゃいますけどね。

労災にも入れたし、それに、出張に行きますとな、日当のほかにワテとメンテマンだけ残業代がつきまんのや。有難いことですわ。

やけど、社長さんな、その出張日当や残業代の申請書にサインしはるときに、これは何時から何時までの残業ですかとか、市外へ行く特は昼からの出発や、午前中の戻りは半日扱いですよとか、きびしゅうチェックしはるんですわ。

それに最近は車に給油するたんびに、走行距離を給油リットルで割って、リットル当たり何キロ走れるのか毎回計算してくださいとか、一日に何キロ走ったかをその日の終わりのマイレージからスタートした時のんを引いて計算してくださいとかす言わはる時がおますんや。

休みの日にワテが勝手に車を使ってると疑っておらはるんやろか。

車は日本人社員さんのアパートの駐車場に置いてくさかい、そんなこと出来んこと知ってはりますやろにね。

ちょっと前の日曜日に、社長さんがその社員さんのアパートに昼ごはんを食べに行かはった時に、車が無かったんで、次の週に、どうして車がアパートになかったんやと聞かれたことがありますわ。

ワテは、ちゃんと社長さんに、座席カバーが汚のうなったんで、車をワテの家に持って入って、その座席カバーを洗っておきますって言ってあったんやけど、それを忘れはったんやろね。

今度は社長さんに、ご自分で目で見る管理してもらわなアカンと思ってる今日この頃でんねん。

 

ワテな、今日も、経理と銀行へ行くゆうて出てきてまんねん。

経理な、今、そこの銀行へ行ってまんねん。そんでワテわ、ここでチャイを飲んで休んでますのや。

あっ、経理が銀行から出てきよったわ。

早う、帰らんとまた、あの社長さん、うるさいさかいに、ほな、帰りまっさ。さいなら、さいなら。

丹羽慎吾

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