シンゴ旅日記ジャカルタ編(28) ジャカルタの病院で歯を抜くの巻

「インドネシアの歯医者に行くと抜かなくてよい歯まで抜かれるよ」と聞かされていました。

しかし、私はジャカルタの病院に行き、歯を抜いてもらいました。その顛末です。

右後頭部の痛みが一週間続いたので先週の木曜日にジャカルタの病院の脳神経外科でMRIを撮ると、脳に異常はなく虫歯となっている右の奥歯が原因だろう言われました。

すぐにその病院の歯医者で翌日の4時半の予約を取りました。

翌金曜のお昼に二時間半の余裕を持ってジャカルタに車で出かけましたが、金曜午後の渋滞に巻き込まれ車は進まず予定の時間に到着できず、歯の治療をキャンセルせざるを得ませんでした。

それで土曜、日曜と脳神経外科でもらった痛み止めと抗炎症の薬を飲んで過ごしたのですが、頭の痛みは治まりませんでした。

月曜に出社して早速、医療サービス会社に歯医者の予約がすぐにできないかと聞きました。

すると翌日の火曜日の午後2時15分に診察できるという返事が返ってきました。

それで月曜日は痛みを我慢して仕事をし、翌日の火曜日に今度は渋滞に巻き込まれてもよいようにと、時間に余裕をもたせ午前11時に会社をでました。

すると午後1時前に病院に着いてしまいました。

診察時間まで待ち時間ができたので病院の中をゆっくりと見ることにしました。

一階にはコンビニもカフェショップもあり、ロビーではグランドピアノが置かれ年配の男性が静かな音楽を奏でていました。まるで大きなホテルのロビーでした。

二階に上がるとレストランがありました。私はお腹が空いたので食事を取りたくなりました。

しかし、歯の診療を受けるのですから食後に歯を磨いておこうと一階に降りてコンビニで歯ブラシを求めたのですが売っていませんでした。

それでも空腹には耐えられなかったので、二階のレストランに戻り食事を取ることにしました。

私は、只今糖質制限中です。おコメは食べないようにしています。

メニューを見ると私の好きなソト・ブントゥット(オックス・テール・スープ)がありましたが、その日はソト・ベタウィ(牛肉のココナッツ・カレー・スープ)がおいしそうに見えたので、ライス抜きで二人前を頼みました。食事を終えてもまだ時間がありましたので一階に降りカフェでコーヒーを飲みました。

2時を過ぎたのでその日に対応してくれる医療サービス会社の担当者に電話をしました。

すると一階のロビーの遠くでスマホを耳に当てながらキョロキョロと人を探している男性が現われました。私がカフェの方にいるよと電話で知らせると、彼が私を見つけ来てくれました。

そして、簡単な打合せをすると彼は一階の右側の診療室のあるコーナーに入って行きました。

私はコーヒーを飲み終えると彼が消えたコーナーに入って行きました。

その入口には「Uro Nephirogy Center」と書いてありました。

何のことだろうとスマホで意味を調べると尿と腎臓と出てきました。泌尿器科のことです。

中の待合室には医療サービスの男性の姿が見当たりませんでした。

私は待合室に座って先ほどの医療サービスの人が来るのを待ちましたが、診察時間が来ても彼は現われませんでした。ここは泌尿器関係だから彼の入って行ったコーナーを私が間違えたのだろうと考え、その待合室を出てロビーで彼が現われるのを待つことにしました。

ロビーの椅子に腰を掛けるとピアノの曲が五輪真弓の「心の友」に変わりました。

ピアノを弾く人が私を日本人と知ってサービス心で弾いてくれたのでしょうね。

その気遣いにお礼を示したくて私はピアニストの方を見て笑顔で答え、足でリズムを取りました。

診察時間をかなり過ぎていたのに医療サービスの男性が現われないので私から電話をすると、先ほど私が待っていた泌尿器科のコーナーのドアが開いて彼が現われました、

そして彼は歯医者さんが間もなく戻ってきますので中に入って待っていてくださいといいました。

一緒にそのコーナーに入って行くと歯科の待合室は泌尿器科の受付より更に奥にあったのです。

歯医者の先生が来るまで待合室で医療サービスの男性からいろいろと話を聞きました。

彼は日本で介護士の試験に受かり倉敷に5年いてインドネシアに戻り今の会社で働いているのです。今年に入りチカランのマンションで自殺した新婚の日本人男性や、空港で脳梗塞で亡くなった日本人男性の後処理を担当したとのことでした。

彼に一旦世話になったお客さんがコールセンターを通さずいろいろと相談してくるようです。

また、彼は日本とインドネシアの介護士の交流をもっと深めて行けるようにしたいと夢を語ってくれました。しばらくするとお医者さんが来たので二人で診療室に入りました。

先生に挨拶して診察椅子に座わると先生は私の歯の全体を見てから、歯のパノラマ写真を三階で撮って来るように指示しました。

三階は先週脳のMRIを撮った階でいろんな先端設備が置いてありところでした。

日本と同じように頭の回りをグルっと回転する機械で歯のレントゲンを撮りました。

そしてまた一階の歯医者さんの部屋に戻ると、すでにその写真が出来ており、お医者さんからいろいろ説明がありました。

医者     右奥の歯に穴が開いていて、そこに食べ物のカスが溜まり神経を犯している

この写真のこの歯茎のところに神経の腫れがでているのがわかるでしょう

私        それは歯を抜かねばならないということですか

医者     もう歯に穴があいているので抜いた方が良いと思う

私        歯を抜くと他の歯の安定が悪くなるので日本では歯を抜かない治療をしますよ

医者     それは前歯の話です。あなたの歯は一番奥なので他の歯には影響ないと思います

私        王冠とかブリッジとかの方法はありませんか

医者     一旦抜いて数か月後にインプラントをされてはどうですか、この病院でもできますよ

私の虫歯となった奥歯は5月の帰国時にかかりつけの歯医者さんから王冠を作りましょうと言われていた歯でした。さらにその日本のお医者さんからはなるべく早く帰国して治療してください、その治療期間には一週間はかかりますとも言われていました。

私        今、ここで歯を抜くことができますか?

医者     はい、できます。

私は歯を抜く覚悟を決めました。

ヒトの歯は親知らずを入れて上下16本づつでで32本あります。親知らずを入れないと14本づつでで28本です。

8020(ハチマル二イマル)運動というのがあります。80歳になっても自分の歯を20本持っていればなんでも美味しく食べられると言うものです。昭和62年(1987年)には80歳の人の平均は4.7本でした、歯を大切にしようとする意識が浸透してきて平成28年(2016年)にはそれが15.2本まで増えて来ています。しかし、これは平均で数字なので、自分の歯を20本以上持っている人と、数本しかない人との二層化の傾向にあるようです。

私は抜歯手術が始まる前に手術の様子を写真に撮るように医療サービスの人に依頼しました。

私は手術中に目を閉じていました。麻酔が掛かっていますが、あのチクッとする注射の針の痛みも、器具でグイグイと歯を抜いて行くのも顎から伝わってきました。

しかし思ったより短時間で抜歯は終了しました。

手術後に先生へお礼を述べ、医療サービスの人と薬局に行って薬をもらいました。

私は抜いた歯を小さなプラスチックの容器に入れてもらい持ち帰りました。

長い時間一緒に生きてきた私の分身ですから成仏するようにどこかで埋葬してあげようと思います。歯の治療費は海外旅行者保険の適用を受けることができません。

治療費全額を一旦本人が払い、医者の診断書、領収書そして規定の用紙に記入して日本本社に送り健康保険の適用を受けるのです。本人負担分は治療手術項目が点数によって違うのです。

これで私の歯は27本になってしまいました。8020以上になるようにこれからは気をつけます。

今日は歯を抜いてから5日経ち、右後頭部の痛みはほとんどなくなりましたが、今度は首の後ろが少し張ってきました。これはジャカルタまで何回も車で往復したので、その長時間乗車で首が疲れてしまったのでしょうか?

丹羽慎吾

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