荻悦子詩集「樫の火」~より「球花」
球花
松の花 初めから微小な球形をした粒の集まり 粟 の穂に似た黄色の穂 それが現われるのはいつだっ たか 裸木ばかりの冬の林に 高い松の木が傾いて 一本だけ立っていた 丘の上を歩きながらその木を 探して目が彷徨う 松毬 落ちていない 林ごとも うないのだから 粟の穂のような松の花 球花から 球果へ 裸子植物の雌花 花穂が出るのはやはり春 だったろうか さようなら ひそかに告げる別れば かりが重なり さようなら 私はまだ冬の中にいる 金粉をまぶした小さな松毬 クリスマスリースに飾 ったひとつ それさえ捨てられなくて 棚の上 猿 捕茨の赤い実のそばに置いてある 高い松の木が傾 いて 行く手にひょいと現れるかもしれない 無く なった林に いつだったか松の木が黄色い穂を出し ていて 野鳥が集まっていた 花喰い鳥 その名が 口をついて出て 直前まで考えていたことを忘れて しまった 家の窓から松の木を遠目に眺めた あの 鳥は花を食う鳥にちがいない 鳥の羽根が光を帯び て見えた その時に思わなかったことを 今は先に考える 木 |
荻悦子(おぎ・えつこ) 1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。 |