荻悦子詩集「樫の火」より~「比率」

比率

 

太くない幹があり
高くない所で
ふたつに分かれる
ふたつの枝が
より細い枝に分かれ
若い緑の葉を茂らせている
白い花房がさわさわ揺れている

その木の根元から幹へ
幹から枝へ
木が伸びる方向にそって
鉛筆を動かし
木を描いてみた

幹と枝
葉を付ける細い枝
それらの大きさの比率
分かれ方
予め比率があり
木はそのように枝葉を広げる
五月が来れば
白い細い総状の花を垂らす

木も人も
予め規定され
知らないで生きて
さわやかに
五月が来た

会う人もいなくて
高くない一本の木を描く
見映えのしない木と思いながら
何回も線を消し
影を付け足し

なおも
わたくしという
痕跡
荒れ地のはずれに
灌木が一本ある

荻悦子(おぎ・えつこ)
1948年、新宮市熊野川町生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。お茶の水女子大学大学院人文科学研究科修士課程修了。作品集に『時の娘』(七月堂/1983年)、『前夜祭』(林道舎/1986年)、『迷彩』(花神社/1990年)、『流体』(思潮社/1997年)、『影と水音』(思潮社/2012年)、横浜詩人会賞選考委員(2012年、16年)、現在、日本現代詩人会、日本詩人クラブ、横浜詩人会会員。三田文学会会員。神奈川県在住。

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