追憶のオランダ(8)アンパンを買いに行く
私が住んでいた当時(1990年代)のロッテルダムには日本人が大人子供を合わせて約400人、他のヨーロッパの大都市のように日本食材を売っている店はなく、中国人の経営する店の何ともエスニックな匂いの立ち込める中の中華食材に紛れて怪しげな日本食材や東南アジア向け日本から輸出されたお菓子類が期限切れ寸前、あるいは期限切れで置いてあるくらい。しかし、アムステルダムまで行けば(ロッテルダムから北へ約75kmの距離)明治屋があって生鮮食品を除けば欲しいものほぼ揃うのですが、そうたびたびというわけにはいきません。また、ドイツまで足をのばせばデュッセルドルフ(ロッテルダムから東へ230km)には日本人が大勢住んでいるので、食材屋もレストランも色々揃っていました。
そんな日本食に飢えた生活をしていると、不思議なことにそれまで日本ではあまり食べなかったものもなぜか無性に食べたくなったものです。ある時、日本人仲間で「アンパン」の話になり、デュッセルドルフには木村屋の店があり、本物のアンパンが食べられるということで、オランダからわざわざ買いに行くことになりました。片道230kmなら車を飛ばせば2時間弱で楽々行ける、こう考えるようになったということは、やはり禁断症状が進んでいる証拠でもあります。例えば、今、中野島から高速に乗って浜松の先までわざわざウナギを食べに行く、いやアンパンを買いに行く気になるでしょうか? ただのアンパンを、です。
たまたま、私はデュッセルドルフには仕事で行く機会も時々あったので、知り合いの注文も聞いて、最初は2―30個買ってきました。これに味をしめて、次行く機会があればと、また注文が入る。ということで、パン屋の出前ではないですが、都合何回かアンパンの買い出しに行くことになりました。
しかし、ある時、昼を過ぎてからパン屋に行ったらもう4-5個しか残っていなくて、「いつもオランダから買いに来てるんですが・・・。」と困った顔をしていると、店の人が「夕方、もう一度来てください。20個なら新しく用意します。」と言ってくれるではないですか。やはり日本人の店だ、おそらくドイツ人だとこうはいくまい、オランダから来た甲斐があったというもの。ともかく、仕事を早々に終えて夕方急いで店に行くと、もうできています。喜び勇んで大きな紙袋に入ったアンパンを車のトランクへ入れ、一路我が家へ。8時前には帰り、トランクを開けて紙袋を取り出したところまではよかったのですが、いざ紙袋を開けてみると、何とアンパンが大集合をしているではないですかーーー!出来立てのアンパンが車の中で振動のため隣同士がドンドンくっつき、丸いはずのアンパンがいろいろな形の角と面を持つ、何と言おうか、少し締まった多面体になっているではないですか。なんとも不思議な多面体のアンパン。でも、味は何らかわらないので、皆面白がって喜んで食べてくれました。
出来立てのパンにはくれぐれも御用心、ある程度冷まして、いくらか水分も蒸発させないと・・・。