おぼろげ記憶帖 20 レストラン (3) ツール ダルジャヤン
シテ島に特別目立つという建物ではありませんがその小さな扉の前に素敵なかっこいい制服を着たコンシエジュが立っています。1532年から450年の歴史を持つ恐らくパリで、世界で一番古いレストランです。
鴨料理が専門で昭和天皇も召し上がった番号が残されています。名前を告げてエレベーターで7階へ案内されます。その広いガラス窓からはセーヌの向こうにノートルダム寺院の後ろ側と街並みがくっきりと見え何とも素晴らしいロケーションです。眺めもご馳走の一部分です。
ある時東京の大学の仏文科を卒業した仕事先のお嬢さんを一か月預かることになりました。フランス語は話せるのですからずっとついて案内することはありませんでしたが、治安の悪い街ですから無事に帰って来られるまでは心配でした。駐在員の家族はこんな仕事‽もあるのです。
ご両親が迎えがてらヨーロッパ旅行。ツール ダルジャンをご希望で5名の予約を入れました。奇数のテーブルは一番セッテイングが難しく好まれない人数です。案の定隅の方で覗かなければノートルダム寺院は見えません。こんなこともあろうかと随分早くに予約していたのです。仕方ないと気持ちを収めている所に我慢のならないことが起こりました。
背の高いイケメンのギャルソンに夫はフランス語で話しかけました。決して上手ではありませんが通じている筈なのに英語で返事が返ってきました。星付きのレストランで余りにも不作法と思いながらも席のこともあり堪忍袋の緒が切れたのでしょう。英語でここはパリ。こちらがフランス語で話しているのに何故英語で返事をするのかと怒りました。英語なら夫の方が上です。クロード テライユという長身のこれまたかっこいい有名な支配人が出て来てやっと収まりました。
お連れの3人は状況が飲み込めずに目を白目黒目させておられました。支払いをする人間であることの察しは付いている筈です。英語が話せることを自慢したかったのかもしれません。この国に暮らすのは時には泣き寝入りをせずに自分の立場をしっかり相手に伝えなければならない時があります。日本人はおとなしくて言葉が出来なくてと馬鹿にされないためには相当のエネルギーが必要です。鴨料理のお味は私には取り立てて良いという訳ではなくアンハッピ―なことが重なって二度と行く事はないと思ったほどです。その後閉店したという噂も聞こえてきましたが東京にも支店があるようですし支配人も次の代に代わって続いているようです。折角の星付きのレストランでしたが美味しくない思い出です。