おぼろげ記憶帖 19  レストラン (2) シエフ ムシュウ ロワゾ―

 

その夜のメニューは「野菜のお祭り」の一つだけで他の料理を選ぶことは出来ませんでした。復活祭の頃で野菜が豊富に出回ってきたのです。本当に春です。素材が野菜と聞いてどのような料理が出てくるのかと楽しみでした。手が込んで、工夫されたソースにはフォアグラやキャビアがふんだんに使われていてもう忘れられない最高のお皿でした。ミシュランの星2つを持っていましたがほどなく3つになるであろうと噂がありました。納得でした。

日本からもその日はハイレベルの婦人雑誌によく記事の出ている高名な料理評論家男性二人の姿も見えました。フランスで男性の二人組は珍しいので業界人だとの認識は明白でしょう。ブルゴーニュはワインの産地。ハーフボトルの白ワインはとろりとして下戸の私が舐めても夢見心地。でもその値段は一人分のメニューよりも高価だったのです。フルボトルで注文しなくて良かったと後で話したことでした。

間もなく噂通りムシュウ ベルナール ロワゾ― シエフは3つ星に昇格されました。陰ながら私達もさもありなんと嬉しく思っていました。その後帰国して新聞に写真入りで自殺の記事が出ていました。2003年のことでした。理由は3つ星から2つ星に落とされたことと言われていますが亡くなったあとのミシュラン赤ガイドは3つ星のままだったようです。天才料理人と言われた人がそこまでの誇りをもって料理を作っておられたのでしょう。その気持ちをどう受け取ればいいのか私などには分かり兼ねますがあの美味しいお料理をフランス人も他の国の人ももう食べられないのは大きな損失であることに間違いはありません。パリにもいくつかの3つ星レストランがありますが贅沢を度々は出来ません。一般のフランス人はそのような高級レストランは自分たちの行くところではないとはっきり言います。そうなんです。16区に住めないことと、シャネルやヴィトンやエルメスが自分とは関わりのないものだと平然と言います。ともすれば華やかな暮らしばかりが表面に知られるフランス社会でそうではないフランス生活のあることをしっかりと知りました。

ロアゾー シエフの修行をされたのはトロアグロ兄弟のレストラン。50年近くも3つ星を維持している老舗。新宿の小田急デパートに出店していてレストランもありお惣菜もパンも買う事が出来ましたが、昨秋デパートの建て替えに伴って撤退してしまいました。日本ではもう出会えることが出来なくなりました。フランスのリヨンから少し北のロアンヌという町、ロアール川に沿った矢張り小さな町のSNCF(国鉄)の駅の前にあります。このレストランだけはどうしても行きたいとの念願かなって予約をしてわざわざ行きました。ホテルも併設で素晴らしくモダンな室内にこれがフランス?と思わず息をのむほどにビックリしました。料理は勿論のことデザートがワゴン2つにケーキ、果物、チーズ、プリン等々一杯に運ばれて来てもうびっくり。私の一番豪勢で幸せな食事でした。フランス人の料理に対する執着に恐れ入りましたという感じです。ガラス張りの厨房には3人の日本人の姿が見えました。無給で修行させて貰っている人たち、ここへたどり着くまで幾多の苦労があったことでしょう。日本に帰ってよき料理人になられることを祈らずにはいられませんでした。そしてムシュウ ロワゾ―の姿もここにあった時期があったのかと思ったのでした。

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